この部屋で

酔っ払らかって俺は
財布をなくしてしまったことに
明朝気がついた刹那。
急にこの部屋にあるすべてが、
別に大切でもないような気がしてきて。
ひどくしらけた気分になって
大切なものを探してみたんだけど
そんなものは全部財布の中だったんだ。
とっちらかったこの部屋、俺の今日まで。
方々に電話して俺の生活のすべてを
使用停止にして午後。暑い午後。
思えば今までほんの少しの気遣いで
もう少しましにやれていたはずなのに
なんだかつまらん終末観が
俺の首をぎゅっと絞めるので
目をつぶってじっと手を見てた。
いつの間にか眠ってしまった。

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昔住んでいた清野アパートが
この街に引っ越してくるらしい。
俺はその募集に飛びつき引越しを決めた。
古い部屋だ。俺と同い年なんだ。


あの部屋に荷物を運び込む。
一通り片付けも済んだ。
片隅に横たわり
いろんなことを思い出している。


無意味に燃え上がり蹴りあけた天井の穴。
大きな食器棚に非常食のパンケーキの粉。
フローりリングカーペットの微笑ましい背伸び。
壁一面にはったパンク音楽のなにかとシドアンドナンシー
凶熱の夜を物語る飲みかけのいいちこ
ビデオカメラ。こんがらかったケーブル達。
ファイヤーバード、テレキャスター、緑のレスポール
ローランドのスタックスアンプ。フェードバッカー。
G3と酷使されたエプソンのプリンター。


はじめて手をつないだ公園のあかりや
雪の積もる通学路のあの子の白い息。
あの子に真実味のある言葉を伝えたくて
軽薄な俺の言葉じゃ何にもつたわらないから
ステージに立ったんだ。未だに立っている。
真夏の熱に蒸し焼きにされて
夜にその余韻で一杯。
あの辻では親友と戦ったっけか。
東京に出る出ないでもめて。
あの屋台でも大暴れしたな。
下らん理由でもめてたっけな。
ちゃらいやつにどうこう言われたくないんだよ。
あそこのおじいちゃんおばあちゃん元気かな。
いつもさくらんぼくれたっけな。
思えばみつますのチキンカツで生かされてたな。
あそこの定食屋の冷やしラーメンはまずかったな。





いやまて、記憶に励まされんなよ。
くだらん。実にくだらん。

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と燃え上がって起床。
思い出の中の東青田は
いつだって慕情。


ああああああああああああああぶっ殺す!
財布もってったやつ、まじで殺す!!
と東青田方面に向かって叫ぶ。
少し照れる。


そうだよ。あれから十年。
からっぽだったわけじゃねえだろう?
大切なものはいつだって
自分の中にあるだろうが。
しっかりしろよ俺。